3年目の新月 —— Nina がみる「性」

性」が暴くもの

「性」は ”内側と外側が一致しているか” を、最も鋭敏に暴く領域です。

これは、決して抽象的な話ではありません。

「日常の中」での
嘘の関係性

無理な役回り
自己犠牲の美徳
抑圧された欲動

これらは全部、性の領域に歪みとして必ず現れています。

つまり、Ninaがこれまで探求し続けていたのは、

性という大きな基盤の上に成り立つ、人間の秩序そのものだったといえます。

そして、その秩序は、
日常の暮らしという、逃げ場のない場所から無言で問われているのです。

人間の営みとしての暮らし

人間にあって、AIにないものは、何か。

それは、やはり

人間ならではの営み、すなわち、日常の暮らし

私自身、暮らしの質を大きく変えてきて見えてきたものがありました。

それは、
いかにこれまで日常を純粋に楽しめていなかったか
という気付きでした。

ー 非日常があるからこそ、日常を頑張ることができる ー

これまでは、そのような世界観だったのです。

つまるところ、
自分の内側と日常(外側の現実)の折り合いがうまくつけられていなかった。

しかし、ここへきて、
その不均衡がずいぶんと整ってきたように思います。

アトリエにて

結果として、私自身が至ったのは、

「性」あるいは「性エネルギー」は、その不均衡を解消してくれる本質そのもの

という仮説からの解放と、

性」はあくまで
全ての基盤であり
本質へ至るまでの触媒

という似て非なる捉え方への移行でした。

要するに、性は無理やり表舞台にひっぱりだすものではない、という体感覚です。

言葉は悪いかもしれませんが、えてして現代社会の表舞台へ上がれば、
消費、ビジネス、エンタメ…
といった文脈に回収されてしまうのです。

少なくともNinaにおいては、
そこからは、ある種の距離を置きたい。

その代わりに、

日常の中で、内側と外側が
一致する状態であり続けること

Ninaは、そのための場所であり続けたいと思っています。

およそ1ヶ月後の新月に当たる日に、
この想いを静かに宣言するゲートページを新設します。

3年目のNina Novembre(ニナ・ノーヴァンブル) も、
どうぞよろしくお願いいたします。

photography by Yuko Kondo

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