月の裏側 – 第33夜 – リリィと泥

Balthus, Thérèse Dreaming, 1938

叔母は、ふくよかな体でよく笑う女だった。

「由羅はきっと幸せなお嫁さんになれるねぇ」

会うたび叔母は口癖のようにそう言っていて、由羅はそれが嬉しかった。生きる糧とすら思えるほどに。

ところが、そのわずか半年後、叔母の離婚が成立したのだ。

叔母夫婦の仲がその数年前から完全に冷めていたことは、由羅が高校生頃になって初めて聞かされたことだった。

しかし思い返してみても、悲壮感を微塵も出さない叔母だった。それだけに幼少期に憧れていた結婚というものが、またたく間に蜃気楼へと化したのをよく覚えている。

それからもう一つ、
由羅には忘れられないことがあった。

それは、泥にまみれた新婦の姿を目にした時、
胸の奥が、ぞわりと甘く冷えたのだ。

むき出しになった泥だらけの乳房や、
真っ白のチュールのスカートがめくれあがって、あらわになった細長い足。

そして、決して変わるはずのない顔の表情が、かすかに歪んで見えたこと。

景色という言葉は、
かつては「気色」であったことを大人になって知った時、
あの日見ていた景色は、「気色」だったように思えた。

そう、あの妙な感覚は、
決して触れてはいけないものを、目だけでじっくり撫で回しているような。

そんな危うい感覚は、長い年月を経ても、由羅の奥底に残り続けていた。

そして、たった今でさえ、
目の前に見える夥しい裸婦画たちもーー

廊下にへばりついた足元は動かず、由羅の視線はドアの隙間の向こうを凝視している。

「入っていいですよ。」

梶の声が、背後から静かに聞こえた。それは、雨の湿り気を含んだような声だった。

続きは 6月15日 新月の夜 更新予定
部屋の中で何かが起きる


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