月の裏側 – 第16夜 – 業務命令、再び

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「由羅さん、聞こえてる?」

 

寝ぼけ眼を覚ますかのごとく成美の声が天から降ってきたので由羅はびくりとした。

「す、すみません…」

「シガールを1本いただいてもいいかしら?」

「あ、はい、もちろん。」

由羅が慌ててシガールを缶箱から1本取り出し、カウンター越しの成美に腕を伸ばすと、ややふらつく感覚があった。いよいよアルコールが身体中を巡っているようだ。

受け取った成美は少女のように嬉々として、ありがとう、と言った。

そしてすかさず袋から開封すると今度は一転してアンニュイな表情を浮かべ、

「ホンモノのCigare(シギャー)に見える?」

と言いながらシガールをまるで葉タバコを吸うかのように指の間に挟み、その端を唇で軽く咥えながら梶と由羅に向けて片目をしばたたいたのだった。

「ははは。見える、見える。」

梶が声を出して笑ったので、由羅はこんな笑い方をするのかと驚いた。
淀みがなく、なんとも清々しい笑い方だった。

「僕にもひとつ、いいかい?」と梶からもシガールのリクエストを得たので、どうぞとばかりに缶箱ごと差し出した。

そして梶の手元に視線をやった。
結婚指輪は初対面の時もそうであったように、やはり今夜もしていない。

シガールを1本手に取り袋から丁寧に開ける所作を見つめる。梶の手のひらは大きく、指の関節がしっかりとしていて骨太だ。爪は程よい厚みがあって健康的で、綺麗な形をしている。

― あの手が私の手を繋いできたなんて…

由羅はまたもや1週間前の出来事を思い返して、ひとりでに赤面した。

「どうかな、渋い?」

気が付けば、まさか梶までも葉巻の如くシガールを手に持ち、わざとらしく、いかめしいポーズを取っているではないか。

それを見た成美が、あはは!と思い切り目を細めて笑った。次いで物静かな拓海までもが笑ったので、由羅はすっかり笑いそこねてしまった。

声を出して笑ったり戯けたりする意外な一面を見せる梶。
ますます興味をそそられてしまうと、由羅はやはり “あの事” が強烈に気になってきてしまう。

あー可笑しかった、と言いながら上機嫌の成美がシガールをサクサク音を立てて食べ始めると、みるみるうちに由羅の心に暗澹とした雲が覆ってきた。

そして由羅はとうとう堪らず、あのっ… !と上ずった声をあげた。

「梶さんはご結婚しているのに、ど、ど、どうしておふたりはキスを?」

2人はなんと答えるのか?そして梶が信じられない行動に…!
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