月の裏側 – 第7夜 – 火傷痕という記号

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前回までのあらすじ
主人公は、正木由羅、40歳、既婚、5歳の息子を持つ一人の女。小さな出版会社の総務部で働きながら、生真面目な性格ゆえの葛藤多き日々を過ごしていた。そんある日、社内で変わり者と有名な執行役員である梶のアシスタントとして異動辞令を受ける。
異動初日の待ち合わせ場所は神奈川県箱根町に位置するとある美術館。半年前にたった一度だけ挨拶を交わした間柄の梶とそこで再会するが、その場所は、あろうことか館内にある春画の展示エリアだった。北斎春画最高傑作と謳われる『浪千鳥』の前で、「”考えないで、感じること”を意識するように」との梶の声掛けと共に密着するように手を握られ、完璧に動揺する由羅。
前話は、そこから5日後(2023年12月6日)のこと。フリーで活動するライターの森山成美と由羅がくだんの美術館で初対面し、数ヶ月後に迫る展覧会に関する特集記事について、打ち合わせする場面だった。施設内にある日本家屋を程よく改装したカフェのカウンターテーブルに着席した二人。一通り仕事の話を終えた後、成美は梶との出会いのきっかけを話し出す。それは、成美の胸元に残る火傷痕にまつわる記事だった。
第7夜はその記事から始まる。成美の過去の一部が明らかに。

私の名前は、成美 だ。

この体に対して、”ナルミ” という記号をつけられているとも言える。

もし、この体に、 ”ナルミ” という記号がなかったら、

きっと私は、”ムネニヤケドアト”  という別の記号で判別されることだろう。

ーー

14歳のある朝のことだった。

私は学校に行くため、ベッドから起きあがると、もたついた足で洗面台に向かった。

その日は普段より蒸し暑く、着ていたTシャツは汗で湿っていて、肌に張り付くほどだった。

台所の横を通りかかると、痩せ細った父親(”父親” というのも、記号の一種)が呆然としたように立つ後ろ姿が、視界の隅に見えた。

朝は台所でコーヒーを淹れるのが父親の日課だが、その日の様子はいつもと違っていた。

沸騰したヤカンの笛の音(ね)が、ずっと鳴り続いていたのだ。

とうとう来たことを一瞬で悟り、私は慌てて父親の背後に近寄った。

いつもは歩くと軋む床の音も、その日はけたたましく鳴り響く音のせいで、聞こえないほどだった。

「父さん、ヤカン鳴りよる!」

私は久かたぶりに大きな声を出した。

しかし、父親は振り向きもせず、あぁ、と生返事だけして、コンロの火をゆっくりとした手つきで止めた。

ひゅぅーっと萎むような音が、耳の奥に沈んでいく。

なるべく冷静を装いながら、私は静かに聞いた。

「母さん、あの男んとこに行ってしもうたの?」

ヤカンを手に、後ろを振りかえった父親の顔は今も忘れることはできない。

怯え、恐れ、憎しみ、悲しみ、怒りの様々が内包された表情。

せせろーしい、と言い放ち、煮えたくったヤカンを私の胸元に投げつけ、声を張り上げた。

「女ってなぁ、そがいないやらしい体を持っとるけぇ、汚らわしいんじゃ!」

ーー

”ナルミ” の体には、胸元に広範囲の火傷痕がつくことになった。

その当時、少しずつ大きくなっていた胸元に対して、私は心の整理ができずにいた。

いや、整理できないでいたのは、勿論、それだけではなかった。

父親の異様なまでの家族への執着心。対して母親の破天荒さ。そして、心を病み部屋に引き籠る姉の存在。

それまでも家族という記号が私を苦しめていたが、また新たに火傷痕という忌々しい記号が追加されたのだった。

以来、私はなるべく肌の露出を避けるように、なるべく人目に触れないように、そんな生き方を選択する癖がついた。

高校を卒業すると、地元を離れる選択をしたことは、至極当然なことだった。

当時も母親は家に戻らなかったし、姉の精神状況も安定していなかったし、父親の過ちのことは警察に届けなかった。

父親は私が都内の大学へ進学することに反対はしなかった。

あの日の罪悪感も当然あったのだと思う。

しかしその実、あれがあったおかげで、年頃にもかかわらず男ウケする”女装”をしない(正確には、できない)娘を、自分の元から離すことに抵抗が薄れていたのだと思う。

そして、18歳の春、私は広島を出た。

場面は再び開化亭へ
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