月の裏側 – 第27夜 - 紺と子宮の中

source|https://www.aman.com/resorts/amanjiwo

ベッドに横たわった瞬間、由紀子は静かに寝息をたて始めた。

「お母さん、すぐに寝ちゃいましたね。」

由紀子を寝床まで連れていった紺は、すぐに部屋から退散する風でもなく、香子にほっとした様子で話しかけた。

「えぇ。昨日遅い時間にホテルに着いて、今日は朝早くから活動していたら、きっと疲れたのね。」

香子がそう答えるものの、紺は聞いているのか聞いていないのか分からないうちに、

「え?寝室からプライベートプールに繋がってるのか?すごいな!」

と感嘆の声をあげ、プールサイドのテラスに足早に向かってしまった。

屈強な石材で建てられた重厚感ある部屋は、屋外に繋がる大きな開口部が存在し、南国の風土とマッチしたデザインがなされている。香子自身もベッドの上から眺めるプールの景色を気に入っていたので、紺の若者らしい純真な反応を嬉しくも、また、いじらしくも感じた。

source|https://www.aman.com/resorts/amanjiwo

紺はプールサイドベッドの端に腰をかけ、どこからともなく聴こえてくる蛙の声に耳を傾けながら、無言でプールを眺めていた。

香子がその側まで近づいて「紺君、お水、飲む?」と言ってペットボトルをそっと渡すと、青年は礼を述べる代わりに、

「香子さんのご主人がこの旅を手配したんでしょ?」とだしぬけに言った。

そして、香子の返事を待たずに、

「あるじを亡くして、すっかり気落ちした親娘に荒治療ってわけか。」

と無表情で言った。

エメラルドグリーンの水面が風でゆらゆらと揺れる様子以外は、時が止まったかのようだった。静まり返った部屋から漏れる暖かな灯りが水面に反射し、紺の顔をキラキラと照らしている。

「そうね。荒治療が必要だったのよ、きっと。」

香子はどう答えるべきか分からないまま、力のない様子で言った。

「ふうん。」

と、言った紺は手に持ったペットボトルの栓を開け、水を一口飲んだかと思うと、おもむろに立ち上がり、シャツを脱いだのだった。

香子は一瞬呆気に取られたが、紺の上半身を見てみると、夫のそれとも、あの時の酒蔵で見た男たちのそれとも異なる、神聖な鹿のような体つきだった。

すると、シャツを脱ぎ捨てた紺は、プールサイドから、たおやかに水の中へざぶりと飛び込んだのだ。

突然のことに、香子は再び呆気に取られてしまった。

そして、水面から顔を出した紺は、清々しい表情で水滴をふりはらい、香子に向かって、

「荒治療ついでに、僕と泳ぎませんか。気持ちいいですよ。」

と、たからかに言った。

香子の足元近くまで寄った紺は、腕を伸ばして「さぁ」と香子を誘う。

その時、香子は、プールが時空を超えた子宮のようなものに思えてきた。

あるいは、20歳の頃の自分と、かつての赤子が、同じ場所に還る場所のような。

香子はプールサイドに近付き、ゆっくりと両膝を付けて、紺の手をとった。そして、順序良く両足の膝下をプールに入れると、ドレスを着たまま、至極自然な流れで入水したのだった。

ロングドレスの裾と香子の柔らかな長い髪が水中でふわりと浮遊すると、紺はくすぐったそうな表情を浮かべて、香子の両手と自分の両手を合わせるように握りしめた。

「たしかに、気持ちいいわね。」

香子がそう言うと、紺はたちまち相好を崩して、香子を抱きしめてキスをした。

それは、未熟な果実のような青臭さを感じたが、とても官能的なキスだった。

続きは、7月11日 満月の夜 更新予定
久々に由羅が登場!

この物語はフィクションであり、実在の施設・団体とは一切関係ありません。

1 2 3

コメント

コメントする

目次