月の裏側 – 第25夜 - ストューパと洒落

source | https://whc.unesco.org/en/list/592/gallery/&maxrows=46

「ボロブドゥール寺院遺跡群は、世界で最も偉大な仏教建築の一つであり、8世紀から9世紀にかけて、シャイレンドラ朝の治世下で建てられました。場所としては、中央ジャワ州の南部にあるクドゥ渓谷に位置しています。

主寺院は、自然の中心となっていた丘の周囲に三層構造で築かれたストゥーパで、五つの同心円状の方形テラスからなるピラミッド型の基壇、三つの円形プラットフォームからなる円錐状の胴体、そして頂上には巨大なストゥーパが配置されています。壁と欄干には精巧な浅浮き彫りが施されており、その総面積は2,520平方メートルに及びます。円形プラットフォームの周囲には72の透かし彫りのストゥーパがあり、それぞれの内部には仏像が安置されています。

ボロブドゥール寺院は、基壇・胴体・上部構造という垂直的な区分が、仏教宇宙観における宇宙の構造概念と完全に一致しています。宇宙は「欲界(カーマダートゥ)」「色界(ルーパダートゥ)」「無色界(アールーパダートゥ)」という三つの重層的な領域に分かれているとされ、それぞれは、欲望に縛られた世界、欲を手放したがまだ形や名に縛られた世界、そして名も形も存在しない世界を表しています。

ボロブドゥールでは、基壇が欲界、五つの方形テラスが色界、三つの円形プラットフォームと大ストゥーパが無色界を象徴しています。この構造全体は、段丘状の山としての祖霊信仰の中心概念と、涅槃へ至るという仏教的理念が融合された独自の表現となっています。またこの寺院は、10世紀まで約500年間ジャワを支配したシャイレンドラ王朝の卓越した王朝記念碑としての側面も持っています。

ボロブドゥール寺院遺跡群は三つの寺院から成り立っています。こちらのボロブドゥール寺院と、東側に一直線に配置された二つの小規模な寺院です。その二つは、巨大な仏像と二体の菩薩像を備えたメンドゥ寺院、そして内部にどの神を祀っていたのか不明なパウォン寺院です。これら三つの寺院は、涅槃への到達に至る三段階のプロセスを表しています。」

ラフマは流暢な英語を語りながら、観光客を案内していた。香子は一行の後方で、由紀子に要約した和訳を伝えながら、ゆっくりと歩を進めた。

回廊に刻まれた古代インドの神話と経典をモチーフにした浮彫は、目を見張るものがあった。麗しい蓮花を手にしながら法を説く仏陀、軽やかに空をかける天女たち、帆に風をはらんで海原を行く船乗りたち、森の象や鹿や虎たち…  由紀子は幾多ものレリーフをじっくり味わうように歩いていた。

次第に最後尾との間隔が空き始めると、とうとうラフマの声は途切れ途切れになってしまい、ろくに聞き取れなくなってしまった。香子は若干の焦りを感じ始めていたが、母の落ち着き払った風情を見ていると、気忙しく先を急がせるのは野暮な気がした。(1時間という観光時間の制限があるのだ)

すると、どこからともなく香子と由紀子の背後から、どこかあどけなさが残る瑞々しい声がした。

「この大ストゥーパが建造されたのは、日本では折しも仏教の興隆期でもある奈良朝の頃だったんですよ。」

しかも、それは紛うことなく、一切よどみのない日本語だった。香子と由紀子が、声の方を振り返ると、一人の日本人らしき青年が笑顔をたたえて立っていた。

続きは、6月11日 満月の夜 更新予定
旅先で出会った日本人青年と夜を供にする!?

この物語はフィクションであり、実在の施設・団体とは一切関係ありません。

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