月の裏側 – 第25夜 - ストューパと洒落

指定の草履(遺跡保全を目的としている)に履き替えていると、ガイドらしき中年の男がのそのそとやってきた。小太りの現地人で、ツアー会社のポロシャツとチノパン、腰回りにジャワ更紗の一枚布をぐるりとキツそうに巻いていた。

そして男は手に持った滑稽なほどの小さな旗をひらめき、9時半出発組の観光客を呼び寄せた。わらわらと10数名の人々が集まってくる。彼らのほとんどがヨーロッパ大陸出身と思われる観光客で、香子たちのようなござっぱりとした格好をする者もいれば、バックパッカーのような野生的な出立の者もいた。由紀子と同年代の客層もいくばくかいたため、香子は若干ながらも安堵した。

「こんにちは。遺跡をガイドさせていただく、ラフマといいます。生粋のジャワ人です。どうぞよろしく。皆さんのお国はどこですか?そちらの上品なご夫人、あなたはどちらからいらっしゃいました?あぁ、フランスですか。ちょうど2年前にパリに行きましたよ。大変素晴らしいところでした!もっとも夢の中でしたけどね。」

ラフマというガイドの男が、冗談を交えながら英語で話すと、観光客たちの顔がほころんだ。小太りな体型に、鼻も耳たぶまで丸々としていた男が話すだけで、雰囲気が途端に和む。

「それでは、お美しいご夫人、あなたは?」

突然、今度は香子に向かって、ラフマが尋ねてきた。

「日本です… 」

香子の返事を聞くと、ラフマはやや目を見開き、「Japan」と一言いうと、一呼吸置いて、さも真面目くさった表情をして、ゆっくりと口を開いた。

「日本人と私たちジャワ人の気質は、どうも似ている気がしているんです。まぁ、話は長くなりますから、ここではできませんが… 」

途端に不純な動機を表情に浮かび上がらせるように、「今夜、食事をご一緒しませんか。特別にレクチャーしますよ。」と言うと、再び周囲が沸き立った。

苦笑いする香子をよそめに、ラフマは小さくウィンクしながら、「もちろん、お母様もご一緒にね。」と付け加えた。由紀子は、ただひとり、ポカンとした表情をしていた。

source | https://whc.unesco.org/en/documents/111345

遺跡を観光していると、ついに?
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