月の裏側 – 第20夜 - バーベルとシルクの肌着

前回のあらすじ
BACKSIDE BARの夜から3日後の月曜日。由羅と成美はメールでやり取りしていた。
その内容によると、梶の行動によって大きく動揺した由羅は、子供の発熱を理由に突然帰宅したようだ。しかしそれは、その場に居た堪れず立ち去るための口実だったという。
そしてメールの中で由羅が何気なく使った貞操観念という言葉。成美は「貞操」をわざわざ辞書で調べて、ある種の意義を唱えている様子だった。それに対して戸惑う由羅。そんな矢先、梶のアトリエに成美と共に行く予定が立ったことを聞かされる。


第20夜 は『月の裏側』陰の主人公とも言える香子が再び登場!(1周年記念として期間限定で本編公開中)

体重とほぼ同等のバーベルを肩に担ぐと、全身の隅々にまで緊張が走った。よろめく体と精神を律するようにスタンスを決めて直立する。

そのままスクワットするため、上半身と腰の重心を下げ、慎重に両膝を折り曲げてみる。途端に戦慄を覚え、香子はその場から逃げ出したくなる衝動に襲われた。

恐怖心に飲み込まれる危うい感覚の中、物静かな声が香子の鼓膜を微かに震わせた。すぐ背後に立つ若い男の声だ。

「そう… その調子…  」

その言葉は、孤独という名の戦慄をひといきに振り払うほどの力を秘めていた。香子はその不思議な力を頼りに身体中に微細な震えを宿しながら、数回のスクワットを決死の想いで繰り返した。二人きりのひどくこじんまりとしたトレーニングルームが、香子の深い呼吸音と熱気で満たされていく。

ついにバーベルを定位置に戻した時には、全身の力が抜けてしまい、足元が崩れそうになった。無様にも両脇の下から腕を入れられ、背後から抱き抱えられるように男に支えられる始末である。

ブラジャーの代わりに胸元を覆うシルクの滑らかな肌着は、すっかり汗が滲んでいた。たゆたう乳房は湿ったそれにぴたりと張り付いている。気がついた時には、背後から伸びる男の手が乳房をまさぐっていた。

虚ろな意識で吹き出る首筋の汗を舐め回されると、とうとう香子の力は全て尽き果て、一挙に地べたにへたり込んだ。もはや息を吸っては吐くという行為だけで精一杯だ。

すぐさま仰向けに寝かせられた後は、両脚の筋肉マッサージが粛々と施された。しばらくして太ももの筋肉が弛緩を始めるころ、男の大きな手は次第に香子の脚の付け根の中心へそろそろと移動していく。

「香子さん、たまんないよ… 」

耳元で甘い言葉を囁かれながら、一つに結んでいた髪がそっと解かれる。汗のせいで長い髪が所々の肌にへばり付いて、鬱陶しい。

27歳のその男との出会いは、父が死んだ年に、母と二人で出かけた旅先だった。

続き▶︎ 第21夜 | 骨と未亡人

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