月の裏側 – 第18夜 - 不健康な妄想とサラダボウル

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「正木さん、梶さんと何かあったんすか?」

エレベーターから1階に降りるなり高橋からそう聞かれた時は、文字通り心臓が飛び出しそうになった。

事実、3日前のあの晩以来、梶が脳裏に張り付いて離れないのだ。

週末は由太を連れて、遠方の公園へ子供乗せ自転車を走らせるなりして向かい、なんとか気を紛らわそうとした。しかし、極限まで接近した梶の生々しい気配がいつまでも全身にまとわりついているようで、そのせいでどこに居ても何をしても気忙しく、結局心が落ち着くことはなかった。

ただ、太一が仕事で家を離れていたのは唯一の救いだったかもしれない。夫がいては、その状態から更に罪悪感のような苦痛が上塗りされただろう。

なぜならー…

 

「今度、私のアトリエに来たらいい。」

 

別れ際、梶から確かにそう言われたのだ。

水田が異動の内示の折に、梶は大抵鎌倉の別宅にいることが多いらしいと語っていた。アトリエとはそのことだろうか。どんな目的で誘っているのだろうか。行ったらどうなるのだろうか。

いくつかの疑問から生まれたあらぬ妄想は、由羅の心境をむやみやたらに掻き乱した。

「まさか。何もないよ。どこ行く?若い男子のお好みは?」

由羅は邪念を打ち消すかのように、できる限り目上らしく悠々とした雰囲気で答えるよう努めた。

ところが高橋は無言のまま由羅を見つめたままだ。己の心の隙間を覗きこむようなその視線に、由羅は突如居た堪れなくなる。

「えっと、ラ、ラーメン屋さんはどう?男子は大抵好きなんじゃない?高橋くん、この時期は忙しいから、ラーメンならちゃちゃっと済むし、どう?」

ついつい早口で話してしまった。
慣れない状況に対峙した途端、相も変わらず動揺する己の姿を心の中で冷笑しながら高橋の反応を待っていると、

「ラーメンは好きじゃないんです。サラダボウルの店があるんで、そこでいいっすか。」

高橋は悪びれもなく、きっぱりと答えた。

「へ? サラダボウル?」

意外だった若者の好みに、由羅は拍子抜けしたのだった。

あの高橋に笑顔が…?
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