月の裏側 – 第17夜 – ココとカオルコ

香子が生まれて以来、堀越は密かに娘を ”女にする” べき時を見計らっていた。

と同時に、そのためには愛娘の結婚相手にしても構わぬと思えるような男でないと(結果的にならないとしても)とも思っていた。箱入り娘をどこの馬の骨かもわからぬ者に汚されたくなかったのだ。

「なぁ、ココ、芸術を志す気の良い若者がいるんだ。いつか彼にデッサンのモデルを協力してくれるか。」

ある春の日、父からそう言われた香子は、生まれて初めて男の前で全裸になったのだった。

source | Minotaur with a goblet in his hand and a young woman , 1933 by Pablo Picasso

絵画モデルとして同じ姿勢を延々取り続けることは想像以上に辛い所業だった。しかし肉体が声なき悲鳴をあげ続けると、いつしか痛みは消え失せ、ついには静謐な瞬間が訪れた。

マホガニーのヴィンテージカウチに一切の布地を纏わず寝そべること数時間、無とも言える状況にまで昇華した香子は、”こうこ” でも、”ココ” でも、”きょうこ” でもない、名実ともに誰でもない者になれたような気がした。

同時に、父のものでもない、母のものでもない、誰のものでもない者になれたような気もした。

そして、長いデッサンが終わった後、梶と香子はごく自然な流れで交じり合った。

少年という名の淡白い抜け殻が傍らに転がっていそうな、18歳の若過ぎる男の隆々としたそれは、香子がこれまでの人生で見たことのない得体の知れないものだった。

長時間固定された姿勢から解放された途端、痺れとも痛みとも分からない電光が稲妻のように身体じゅうに駆け巡った。だが、昂る”男”を受け入れた瞬間は、その衝撃よりも荒々しく、豪然だった。または、ある種の狂気に満ちたものだった。

しかし香子は少しも怖くはなかった。なぜなら、梶と香子の身体は元々一つの生き物だったかのように密着して溶け合い、えも言われぬ燦たる存在が2人を温かく包み込んでいたからだった。

ー 私は  ”かおるこ” だったのね … 

すべてが終わったあと、梶と長い口付けを交わしながら、虚ろな瞳に映る景色を眺めて香子は思った。

イーゼルに置かれたデッサン画が、西陽を浴びてキラキラと光って見えた。

続き▶︎ 第18夜 | 不健康な妄想とサラダボウル
この物語はフィクションであり、実在の施設・団体とは一切関係ありません。

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