月の裏側 – 第11夜 – 南青山と過去の記憶

前回までのあらすじ
森山成美に会うため、東京・南青山のBACKSIDE BARに行くことを決意し、地下鉄に乗り込む由羅。梶も来るかもしれないという成美からのメッセージに、由羅の心は密かに沸き立っていた。
バーに向かう前に夕食を摂ろうと表参道駅にほど近いヴィーガンカフェに入店するも、梶が来るかどうかが気になってしまう。オーダーした植物由来のロコモコを急いで食して店を出ると、偶然にも由羅と梶が鉢合わせし、互いに驚く。
そして由羅が出たカフェがヴィーガン専門店と見受けた梶は、「偽物の肉はどうだった?」と小さな笑みを浮かべながら聞いてくるのだった。

ー 偽物の肉…?

由羅は言葉に詰まった。

梶が突然目の前に現れたことに対する驚きと興奮はいとも簡単に途絶え、しんとした空気が突如として由羅の身を包んだ。

梶は笑みとも捉えきれない微妙な表情を浮かべたかと思うと、再び言葉を口にした。

「満足した?」

「はい…?」

「偽物の肉を食べて、君の体は満足したのかなって。」

「そんな言い回し、なんだか非難めいてますね…」

「非難めいてる?野菜を食べて満足だって思っているなら、そんな風には感じないと思うけどな。」

心外とばかりに梶の表情が若干曇ったように見えた。

梶のわずかな表情の変化を見ながら、やはり社内で変わり者と言われているだけあると由羅は思う。

この前の美術館での振る舞いも含め、この人の感覚は、いわゆる”普通”の感覚とズレている。日本語という同じ言語を使っているにも関わらず、別の国あるいは別世界で生きているような感覚。

それにしても、地球や身体に優しいことをしていると自己満足した自分は、所詮流行りに乗っているだけの人間と言われているような気がした。気持ちに靄がかかり始め、次の言葉に迷っている間に、それじゃ、と言って梶はその場を去ろうとした。

「あ!あのっ…」

由羅が慌てて呼び止めると、梶は足を止めて振り返った。

「梶さん、どちらへ?」

由羅の問いかけに対し、梶は返事をする代わりに再び捉え所のない表情を浮かべながら、ただ静かにそこに佇んだ。

お互い無言の時間がやや続いたその瞬間、由羅はしまったと感じた。気心しれた間柄なら気にならない質問かもしれないが、これではいかにも不自然ではないか。

たちまち顔を赤らめて由羅は詫びの言葉を口にする。なぜ行き先を聞いたのか理由を伝えなければ。

「えと、あの、不躾ですみません。実は…」

「森山さんがいるバーに向かうところです。」

動揺してどもる由羅が最後まで話し切る前に、梶は行き先をあっさりと告げた。

由羅は一瞬唖然とした。そしてその直後「 私もです」という言葉が反射的に口を衝いて出た。

「実は…」の後は、成美にバーに行くことを告げたら、梶も来るかもしれないことを聞いたと言うつもりだった。それだけに、”私もです” という簡素な返事が、ひどく間抜けに聞こえた。

「へぇ。だからそこで晩飯を。」

梶は由羅が出てきた店の方向に視線を移したあと、独り言のように呟いたかと思うと、今度は由羅に正面を向けて、

「一緒に行きましょうか。」

と言った。

南青山の夜の街を歩くふたり
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