ひきたつ音と鎌倉の小さなホテル

年季のあるビルの3階にひっそりとホテルは存在していた。

燕よけのネットをくぐり抜けて階段を上がる。
上がる度に静寂の気配が近づいてくるのがわかった。

ようやく入口にたどり着き金属製のドアを開くと、そこにはひきたつ音のする空間が広がっていた。

例えば、

ドアの開け閉めする音。

コップに水を汲む音。

コップをテーブルに置く音。

本棚から本を取り出す音、しまう音。

本のページをめくる音。

シャワーの水の音。

化粧箱から紙に包まれた綿棒を取り出す音。

服を広げたり畳んだりする音。

清潔で気持ちの良いベッドに身を沈める時の音。

灯りを付けたり消したりする音。

 

そして、大切に扱われているアンティーク家具からは、静かな悦びの音がどこからともなく聞こえてくる。
彼らと会話をしたくなり、手のひらで感じ取ろうとした。

なぜって、
音は肌に沁みこむから。

部屋着のワンピース、タオルやガーゼ、ベッドシーツなどの生地たちは、その心地よさがダイレクトに肌に沁みこんだ。
彼らも静かな音を纏っていた。

日常生活では、とてもここまで鋭敏に感じることはできない。

そして何より。

ホテルの随所に散りばめられた家主手書きのメッセージから放たれる凛凛とした音。

空中にたゆたい己の魂と共鳴すると、そのまま肉体と交じり合い、しなやかに血液に溶けていく。

 

なぜあのような決まり事が存在するのか。

いくつかの星霜を経て、妙に納得するのだった。

 

 

hotel aiaoi

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宿泊後も心が豊かになれる体験をありがとうございました。
またお邪魔させていただきます。

 

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